コラム マインドセット

ダークサイドを否定しない

今回はひまわりさんの教えで学んだ「自分のダークサイドを否定してはいけない」

という大事なお話をさせていただきます。

 

わたしは九州のとある田舎で育ちました。

 

公務員の父と専業主婦の母、男兄弟の中の長女として育ちました。

 

わたしが生まれる前に祖父が寝たきりとなり、

母は祖父を10年以上自宅で介護してきました。

3度の食事はもちろんのこと、下の世話まですべて独りで面倒を見たのです。

母は私たち子供の前でただの一度も愚痴をこぼしたことがありません。

 

どんなに大変だっただろう、想像を絶する苦労があったと思います。

 

子供心に、母が忙しく朝から寝るまで家事と育児、そして介護をしている姿を見て大変なのは知っていました。

 

わたしは甘えたい気持ちを押し殺して、邪魔にならないように良い子を演じていました。

そして、努めて明るく振る舞って母に心配をかけないようにしていました。

 

一方で父には厳しくしつけられ、高校生になっても日が暮れるまでに帰宅しないとこっぴどく叱られました。

付き合う友達の事でも口出しされて、友達と遊ぶのも制限されました。

 

わたしは親の影響からか、人の顔色を伺う子供でした。

 

わたしには子供の頃の記憶がほとんどないのです。

嘘だと思われるかもしれませんが、小学校3年生までの記憶は皆無です。

 

それから中学校、高校の記憶も断片的にしか残っていないのです。

覚えているのはイジメられたことくらいです。友達もほとんどいません。

 

幼い頃から群れるのが嫌いで、クラスメイトからしたら生意気に見えたのかもしれません。

 

振り返ると家族にも友達にも本音を話すことができず、

思春期もうわべだけの付き合いしかしてこなかった自分に嫌気がさして思い出すだけでため息が出てしまいます。

 

でも何よりも辛いのは、わたしが人間的に未熟で母に対して何もしてあげられなかったことです。

 

ひまわりさんは教えの中で、自分のダークサイドを否定してはいけないと言われています。

 

誰にも人に話したくない過去はあるし、自分の嫌な面は一つや二つあるけど、それも含めて自分を認めてあげてくださいと。

 

わたしは自分のダークな部分を抱えながら、自分と向き合いこれからも生きて本当に人の痛みや悲しみや喜びが見える人になりたいと思っています。

 

今のわたしに出来ることはそれくらいしかないのです。

それが母へのせめてもの報いであり、自分自身を許せる生き方なのだと思っています。

 

こんな私にも神様はメンターとひまわりさんとの出会いをくださいました。

 

過去を嘆いても仕方ないので受け入れて前に進みます。

 

もう一度、人として真っ当な生き方をしようと思います。

 

母は今、重度の認知症を患い施設にお世話になっています。

話すことも自分で食事をすることもできません。

わたしが娘であることも覚えていません。

 

認知症になってしまったのは、強い怒りやストレスをため込んで誰にも言えなかったためだと思います。

母の心が限界を超えてしまったのだろうと思います。

 

わたしは去年実家に帰った時に、初めて車イスの母を抱きしめました。

関係性が希薄な母娘で、物心ついてからはどこか距離のある親子でした。

 

母を抱きしめた時、わたしはずっと寂しかったんだ、

とようやく自分の気持ちを認めることができました。

 

「ごめんなさい。お母さん。わたしを産んでくれてありがとう。大好きだよ。」

 

ずっと怖がって見ないようにしてきた自分の心にちゃんと向き合えた時、

闇だと思っていた部分に光が当たって、

ダークサイドが本当は大事な気づきの為にあったんだ

とようやく認められるようになりました。

 

取り留めのない文章になってしまいましたが、最後までお読みいただきありがとうございました。

 

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